すべては、創業者・菊池武夫の
「自分が着たい服を作る」という信念から始まった。
日本のメンズファッションに
革新をもたらしてきた半世紀。
MEN'S BIGIのドラスティックな軌跡を紐解く。
株式会社ビギの
メンズラインがスタート
創業者・菊池武夫の「自分が着たい服を作る」という美学を軸に、既成概念にとらわれないデザインとスタイリングで日本のメンズファッションに新たな価値観を提供。その後の『メンズビギ』誕生へと繋がる、ブランドの原点となる一歩。
当時の流行
- ジーンズが一大ブームに
菊池武夫
映画
“燃えよドラゴン”で
ブルース・リーが着用
ブルース・リーの本格的な世界進出作品『燃えよドラゴン』にて、メンズビギのスリーピーススーツを着用。プライベートでも愛用していたと伝えられている。
当時の流行
- 洋楽ロックが人気を集める
菊池武夫
萩原健一主演
“傷だらけの天使”に
衣装提供
ブレイクの一因に
TVドラマ『傷だらけの天使』で、主演・萩原健一の衣装としてビギメンズのアイテムが使用された。ドラマ史上で初めて衣装協力社名がテロップで流されたこともあり、ブランド名が広く知られるきっかけとなった。
当時の流行
- スリーピーススーツが流行
菊池武夫
“メンズビギ”として
ブランドがスタート
メンズウェアの成功により、メンズ部門が(株)ビギから独立。正式に現在の『メンズビギ』ブランドがスタートする。
当時の流行
- ヒッピースタイルが浸透
菊池武夫
青山キラー通りに
1号店を出店
当時、ファッションの潮流を生み出したデザイナーたちが集うエリアとして注目を集めた青山キラー通りに『メンズビギ 第1号店』をオープン。日本のファッションシーンに大きなインパクトを与える。
当時の流行
- ディスコブームの始まり
菊池武夫
フランス・パリに出店
1978年に『メンズ・ビギヨーロッパ』を設立し、パリに店舗をオープン。サン・シュルピス教会の向かいにあったカフェをリフォームしたその店舗は、ヨーロッパにおける日本発メンズブランドの数少ない挑戦のひとつだった。
当時の流行
- サーフカルチャーが一気に拡大
菊池武夫
パリコレに参加
ファッションウィークの時期に合わせて、モンパルナスのダンスホールでメンズビギのコレクションを発表。パリコレへの参加は、日本のメンズファッションブランドとしての地位を確立する重要な一歩となった。
当時の流行
- 原宿に竹の子族が出現
菊池武夫
写真家・植田正治氏が
カタログを撮影・制作
日本を代表する写真家の1人である植田正治氏が、1983 - 1984年秋冬コレクションのカタログ『メンズ・ビギのためのファッション写真(島根県立美術館蔵)』を鳥取砂丘を舞台に撮影。
当時の流行
- ボロルックが話題に
- テクノポップ全盛期
菊池武夫
チーフデザイナーに
今西祐次が就任
菊池武夫のもとで経験を積み、チーフデザイナーに。ブランドの個性を受け継ぎつつ、レゲエとのコラボやショートフィルムの制作など、カルチャーとファッションを巻き込む表現で、メンズビギに新たな息吹をもたらした。
当時の流行
- DCブランドブームが社会現象に
- スタジャンが大ブレイク
今西祐次
アーティスト
デビットバーン出演映画 “ストップ
メイキングセンス”の
日本上映に協賛
1983年に行ったアメリカのロックバンド『トーキング・ヘッズ』の伝説のライブを記録したドキュメンタリー映画『ストップメイキングセンス』のプロモーションをメンズビギがサポート。
当時の流行
- ディスコ『マハラジャ』が人気を博す
- メンズビギのスーツがブレイク
今西祐次
レゲエの聖地ジャマイカで収録されたレコード “SLICK WE SLICK ”が
NYで大反響
数々のレゲエの名作を生み出した聖地ダイナミック・サウンド・スタジオで『SLICK WE SLICK "MB'S TUNE"』を制作。NYのFMレゲエチャートで週間1位獲得。ダンスホール・レゲエ史におけるレジェンド、ウェイン・スミスが制作に参加。
今西祐次
オリジナルショート映画 “NAKED STREETS”の上映
1930年代のストリートギャング同士の抗争をテーマに描いたショートムービー『NAKED STREETS』を制作・上映。登場人物のコスチュームは、すべて今西祐次デザインによるメンズビギのオリジナルで構成。
当時の流行
- アメカジが流行
今西祐次
“VISAGE”創刊
カルチャーマガジン『VISAGE』を創刊。ファッションを軸に、音楽やアート、映画、思想など、幅広いカルチャーを横断的に取り上げ、時代の空気を鋭く切り取った。創刊号のテーマは「荒野の感受性」。
当時の流行
- イタリアン・インポートブーム
今西祐次
ブランドディレクターに
斎藤久夫が就任
世界各国のファッションに精通し、メンズブランド『TUBE』の代表でもある斎藤久夫がメンズビギのブランドディレクターに就任。同氏の鋭い洞察力が、メンズビギに新たな価値観と進路をもたらす起点となる。
当時の流行
- 街にグランジスタイルが溢れる
斎藤久夫
名だたる
スタイリストを起用し
カタログを撮影
日本のメンズファッション界を代表する俊英スタイリスト、大久保篤志、野口強、祐真朋樹、馬場圭介が、メンズビギのカタログ撮影に参加。ブランドとしての感度の高さと、時代の先端を行く姿勢を明確に示す。
当時の流行
- 裏原(裏原宿)ブーム
斎藤久夫
人気TV番組
“浅草橋ヤング洋品店”で
モデルオーディション企画を実施
当時のファッション発信地であるラフォーレ原宿にて、ファッションショーを開催した。その中には俳優・岡田義徳も素人モデルとして参加しており、芸能界デビューへのきっかけとなった。
当時の流行
- 渋谷系音楽がヒット
斎藤久夫
チーフディレクターに
坂田真彦が就任
後に数々の人気ブランドのディレクションを手がけることになる坂田真彦が、チーフディレクターに就任。カルチャーとファッションを自然に溶け合わせる独自のクリエイションにより、メンズビギに新たな魅力と深みを加えた。
当時の流行
- クールカジュアルブーム到来
- ちょいワルオヤジが話題に
坂田真彦
ラングラーとの共同レーベル “BEN THE RODEO TAILOR”が
誕生
ラングラーとの共同プロジェクトによって誕生。ブランドネームは、ハリウッド映画の西部劇コスチュームデザインをしていたロデオ・ベンより命名。タグも、同氏が当時オリジナルで用いていたものを復刻。
当時の流行
- 細身シルエットが定番化
- 『六本木ヒルズ』オープン
坂田真彦
英国アップルレコード公認レーベル “THE BEATLES
by MEN'S BIGI”が登場
メンズビギとビートルズとのコラボレーションによるレーベルがスタート。ビートルズが活躍した当時のビジュアルや時代背景を踏まえ、その世界観へのリスペクトを込めて、ファッションとして表現。
当時の流行
- お兄系ファッションが台頭
- 『表参道ヒルズ』オープン
坂田真彦
斉藤和義との
コラボTシャツが登場
ビートルズを敬愛するシンガーソングライター・斉藤和義とのコラボレーションによるTシャツ、『斉藤和義×THE BEATLES by MEN'S BIGI』がリリースされた。翌年には第2弾が登場。
当時の流行
- ノームコアブームの兆し
- スマホ、SNSが本格普及
坂田真彦
チーフデザイナーに
西賀誠が就任
2018年、日本国内初となる『DENHAM』とのコラボレーションアイテムをリリース。『DENHAM』で人気モデルであるスリムシルエットの“レイザー”をベースに別注した。
当時の流行
- キャラクターコラボファッションが流行
- ネット販売シェア拡大
西賀誠
ディレクターに
鈴木敏之が就任
大手セレクトショップでバイヤー兼ディレクターを歴任した後、2020年よりメンズビギのディレクターに就任。『FUSE』『UNION STATION』のディレクターも務める。
当時の流行
- アスレジャー、ルームウェア需要増
鈴木敏之
1987年モデルの
復刻スタジャンを販売
1980年代に爆発的人気を誇った伝説のスタジャンを忠実に再現し、クラウドファンディングサイト『マクアケ』にて販売。12時間で100着が完売するなど、当時を知るファンを中心に大きな反響を呼んだ。
当時の流行
- オンライン前提の生活が進行
鈴木敏之
新レーベル
“ACTIVE TAILOR”がスタート
機能性とスタイルを両立させた新ライン『ACTIVE TAILOR』がスタート。ビジネスからカジュアルまで幅広いシーンに対応し、現代のライフスタイルに寄り添う新たな提案をしている。
当時の流行
- テレワークスーツが注目を集める
- Z世代を中心にメンズコスメ市場拡大
鈴木敏之
“COLE HAAN”との
コラボレーション商品を発売
アメリカの老舗ライフスタイルブランド『COLE HAAN』とのコラボレーションアイテムをリリース。アパレル分野では、メンズビギが日本国内初のコラボレーションブランドとして新たな一歩を刻んだ。
鈴木敏之
ブランド誕生から
50周年という
節目の年を迎える
ブランドを愛する人たちとともに歩んできた半世紀。メンズビギはこれからも、受け継がれてきたクラフトマンシップに誇りを持ち、新たな価値観を取り入れながら、次の時代を切り拓いていく。私たちは、挑み続けることをやめない。









